年が明けて2026年になりました。
今年もよろしくお願いします。
以前はネイティブアメリカンが好きで、すべての人が自然に感謝して素朴に暮らせば何もかも解決するんじゃないかと思ったりしたものでした。
わざわざ強力な浄化力を持つヒマラヤの瞑想修行をしなくても、十分に幸せに暮らせるのではないかと。

でもそれが必ずしもそうではないという話を聞いたので、そのことを書こうと思います。
その話をしてくれた方は 子供の頃にバリ島に住んでいたとのことで、バリ島の人々の平和的な暮らしについて教えてくれました。
バリ島はヒンドゥー教徒が多く、信仰心がとても篤いです。旅行のパンフレットには「神々の島」なんて書かれたりしてます。
それが 2002年のイスラム過激派によるテロで観光客が激減し、バリ島の観光業は壊滅的になってしまったことがありました。もともと温暖な地域で野菜や果物が採れるので、みんな助け合ってほぼ自給自足のような形で乗り切ったとのこと。神様に感謝してみんなで助け合って…。森に暮らすネイティブアメリカンのように理想的だと話を聞きながら感じたんですが。
その一方で、「呪い」というものがあって
別れた恋人を呪ったり、誰かの成功を嫉妬したり。
誰かを呪うときは呪術者に頼むんですが、呪われた人は本当に死んでしまうらしい。
長年アマゾンのインディオたちと森林を守る活動をしている南研子さんの本にも、
欧米のナチュラル系のコスメのメーカーに薬草の知識などで協力したアマゾンのインディオが、1人だけ報酬を得たということで村八分にされて色々問題が起こってしまったというのを読んだことがあります。
陥れられたんだかなんだかわかりませんが、結局そのメーカーのロゴマークにあったネイティブアメリカンのイラストが消されてしまったとか。
イチ個人と取引をするとインディオの社会では問題が起きるので配慮する必要があるらしいです。
素朴で純真でも
精神的に成長がなかったり自立してなかったり どんな社会でも人間関係でのいざこざがある。
やはり魂の成長のために悟りの修行は必要なんだな、と思った次第です。
昔の日本には「愛」という言葉がなかったので、キリスト教の宣教師たちが説明するときに「愛」とは「お大切」だと教えたという話を聞いたことがあります。
宣教師の言う「愛」は「神の愛」のことだと思うんですが「お大切」とは母の愛とか兄弟愛みたいな意味合いなのかな…?
修行によって心のわだかまりが溶けていかないと高次の愛は感覚としてわからないだろう…と思います。
私がヒマラヤシッダー瞑想を始めてから「見えた」神の愛は、素晴らしすぎて、人間の愛ではなかった。「お大切」でもないです。心の情感とは別次元の「愛」でした。
「愛」の視点を持つには素朴な八百万の神への信仰だけでなく、自分自身が「神の」視点になれるように霊性を引き上げていかなくてはならないんだと思います。瞑想修行だったり浄化だったり奉仕だったり、瞑想を実践していくいく必要があるんだなと。これが菩薩になるという道なんだと思います。
そうしないと、人間はいつまでもそこにとどまってしまって魂の目的を叶えられないのだなと。
2025年12月21日、冬至の日に国連制定の「世界瞑想デー」(World Meditation Day Japan2025)の第1回が開かれて、ヨグマタ相川先生がNYからスピーチ&誘導瞑想を配信されました。
そのスピーチの中で、「人間らしさにとどまっている注意点」についてちらりと述べられていて、このバリ島での話を思い出したのです。
ところで誘導瞑想はすごかった!一般の方もドネーションで参加できるこの瞑想イベント、今年も(といっても冬至まであと1年近くありますが)行われるらしいのでご興味のある方はぜひ参加してみてください。
2026年が素晴らしいものになりますように✨
そしてアマゾンの森が守られますように🙏