今回の記事は私が昔行ったインドのチベット文化圏、ラダックという地方で体験したことを書こうと思います。
他のブログでこういう記事を書いたことがありまして…↓
ameblo.jp
(↑ご興味のある方はこちらで挿絵など少し見れます)
当時、私は「漠然とした不安」をすでに抱えていて、
インドへの旅はそのよくわからない不安から逃れさせてくれるものでした。
日本とは全く違う文化、違う景色。強烈な磁場をもつエネルギッシュな場所。
インドという土地の持つ波動は凄まじく、旅行中ものすごく元気になったのを覚えています。
幸福な(今にして思えば感情ではなく魂が)一日がずっと続く4ヶ月でした。
カルカッタ(現コルカタ)では、マザーテレサのいるバラックとテントがえんえんと続く 死を待つ人々のいる地域を通ったり、ダラムサラという町に寄ってダライラマが毎朝行っているという法話を聞きに行こうか迷ったり…。今でも一番思い出に残っている旅行です。
さて、インドの喧騒から逃れラダックと呼ばれるチベット文化圏にも足をのばしまして
そしたらその場所がものすごく気に入ってしまいました。
で、結局 残りの旅行の滞在のほとんどをラダック地方のレーという町で過ごしたんですが
レーに到着して安宿で1人まどろんでいたときに不思議な夢を見たのです。
黄金とオレンジの絢爛な海に私が浮いている夢でした。
手の先までじんわりと暖かく、その海が私をねぎらい癒してくれているようでした。
「ああ、何かが自分を歓迎してくれているんだ…」となんとなく思って
ふと視線を自分の手の方に向けると、そこに手はありませんでした。
自分自身の体の「形」はなく、大きい黄金の海が自分でした。
黄金にさざめく波に自分の境界線が溶け出し、水平線も見えないほど自分が大きい…と不思議に思いました。
と、ここで目が覚めて
「うわーすっごい豪華な夢だった。私の夢はいつもグレーっぽいのに縁起がいい!」と感激したものです。
この夢のことはずっと忘れられず、
それから20年以上経って
ヒマラヤシッダー瞑想を始めて何年か経ったある朝。
瞑想中にハッと突然気づいたんですが
あれはどうやら私の「ハイヤーセルフ」だったっぽいのです。
「そうだ、あれは自分だった。私のハイヤーセルフだ!」
一方、以前書いた「神」の領域の自分はもっとさらに純粋で太陽のようでした。
ポジティブな要素が120%といった感じで、色のない太陽光線でした。だけどあの「海」には少〜し情感があったのを覚えています。
情感というより、エクスタシーみたいな感覚と言ったらいいのかな…。
さらに上、より神の域にいくと純粋すぎてそういうのもないのです。そこが海と太陽の大きな違いでした。
meisou.yokonote.com
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その旅の十数年後に体調を崩し、それがきっかけでピリチュアルの勉強をし始めたのは
「自分はなぜこうなのか…。ハイヤーセルフに会いたい、会って色々質問したい!」という必死な思いからでした。
が、実はずいぶん前にラダックですでに会ってたんですね。
こういうスピリチュアルな体験をする場所には縁があるらしいので、
あの旅のときの既視感は、私はチベットの山に住んでいた過去世を持っているからだろうと思ってます。
そんで、多分ですけど自分は仏教徒だったんじゃないかな、と。
チベット文化圏であるラダックに行ったときから、不思議とダライラマを崇拝する気持ちがすごく湧き上がってきたんですよね。
また、瞑想を始めてからこちらの本を買いまして
パッと開いたとき
「ラダック」という地名が目に飛び込んできました。
この「悟りへの道」という本に ヨグマタ先生が修行をした秘境の地名として、ラダックが記載されていたのです。
やはりあそこは神聖な場所だったんだ、と感激しました。
ヨグマタ・相川圭著「シッダーマスターが示す悟りへの道」より
私のこの旅はこれ以降も不思議な形で人生をサポートしてくれるんですが、それについても少しずつ書いていけたらなと思います。
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懐かしい写真をタンスから掘り起こしたのでここに載せときます。これはラダックで日本人カメラマンに出会って、その人が撮り歩いた写真をのちに焼き増しして送ってくれたものです。
30年前くらいのお祭りの様子ですね。みんな現地の人です。

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以前、ヒマラヤシッダー瞑想の道場でやはりチベットが好きという女性に会って話が弾んだんですが、彼女は「でももう行く必要はない。ここ(ヨグマタジの道場)にくればいいから」と言っていたのを覚えています。私もそうです。レーに行ったときと同じ、これが魂の場所っていう感覚なんだなと思います。
