「曇り」とは 〜火傷事件から学ぶ〜

以前エックスにこういう漫画をアップしたことがあって↓

他の方の回復や幸せを祈ることで、自分の怪我の痛みが不思議となくなったという話なんですが…。

実はこの話は少し はしょっていまして、
今回はその部分について書きます。



この火傷をしたのは去年の秋頃、
油を含んだ熱湯で、かなりの大火傷になったと瞬時にわかったので
とにかくすぐ桶に水を張り、氷を入れて手を冷やした。けど
20分も経つと氷水の中でも火傷のところが痛くてたまらなくなってきた。

そして大変なことをしてしまったという思いと共に
戦争のことや全身火傷を負った知り合いが思い出されてひとしきり泣きまして。
そして、そのあとケータイを取り出しヨグマタジのとこに祈願を出したんですね。

どうかその知り合いの方が良くなるよう、
祈願を出した後も真剣に祈っていて
そしたら祈り始めてから10分もしないうちに、痛みがピタっと治りました。



こういう話は道場でも聞いたことがあって、
大怪我をしたときエネルギーが降ってきて痛みがなかったとか
体が光に包まれて手術を乗り切ったとか
それを思い出して 「本当だー!!」とすごいびっくりしました。

さっきまであんなに痛かったのに…。 これってやっぱり「繋がり先」が変わったのかな。
エネルギーの世界には「肉体の世界」よりもっと上の世界があって、肉体の世界に繋がっていると苦しいし痛いけど
もっと上の…高い波動の世界に繋がるとそういう肉体的な苦しさから解放される。
そっか、そのためにも生き方を変え、煩悩を無くしていけってことなんだな(煩悩は低い波動の世界) 。そういうことをヨグマタ先生は言ってるんだな。


そんなふうに思いながら
しばし痛みから解放されたことに感動し、感謝と共に祈り続けていたけど
そのうちに、痛みが消えたことで今度は心に余裕が出てきたんですね。
すると心がむくむくと膨らみ始めたのがわかった。
こういう感覚ってヒマラヤシッダー瞑想始めてから見えるようになったけど、
蠢き始めるんです、心って。なんか、心が動くとそれに釣られて「俗っぽいもの」がどっからか「湧いて」くるんです。

そしてそれによって自分が神聖な祈りの波動から離れてしまい、
『ヒマだな…あとどれくらい水につけてればいいかな…。弟は火傷したとき半日水に漬けてたって言ってたな。半日って6時間か…うーん長い』と雑多な思いが沸き始め、その思いに釣られて暇つぶしという名の我欲が出てきて、なんとなくネットで漫画を読み始めたんですね。
すると…
また再びズキズキと火傷が痛み始めたのです

これには慌てましたね〜。
さっきまでのシーンとした祈りの精神状態から離れてしまった、つまり高い波動から外れたため再び痛くなったことに気づき、
大急ぎで天に自分の行いを詫び、無意識のうちに心の言うなりになってしまう危険なネットはOFFに。
精神を再び神聖なものにすべくマントラを唱えつつ、おとなしく手を水に浸けてました。
するとまた再び痛みがなくなりその後3時間ほどで水から手を引き上げることができたのです

祈ったりマントラを唱えていたりするときは精神統一されて(シーンって感じ)、高い波動に繋がっている。
一方「心」が蠢き始めてそれに意識が向くと、その高い波動が遮られて(ワーワーしてる感じ)
太陽が雲に隠れるかのように あっという間に高い波動とのつながりが途絶えてしまう。
まだ未熟でありながらも今回、ただ祈るのではなく悟りの聖者に祈願を出したことで即、天のエネルギーと繋がることができたのです。

よくヨグマタ先生が「曇り」の話をされてるんですけど
(Youtubeでも「自分の『曇り』が魂からのエネルギーをさえぎっている」と説明されてたり)

その「曇り」とはなんなのか?
「曇り」がはっきりとわかった出来事がこの火傷事件だったんですね。



テレビ、ラジオ、本など様々な情報が溢れて色々なエネルギーが世界に錯綜しています。

自分一人でやると、そういったものに振り回されて、「心配」に繋がったり、明日のことを考えたり、過去のことを考えたりして、「今にいる」という新しい習慣を身につけるのが難しいんですね。

私たちは、自分では気づかないんですけれど、すごくストレスを貯めています。

色々怖がったり、先のことを考えて不安になったり、人を見て比較して、私はこれがないって思って落ち込んだり。

誰か成功してる人見ると焦ってしまったり、心が常に比較したり、何かやろうとしても「出来ない」とネガティブな心で前に進めなかったり。

自分で自分を縛ってるような状況になって、自由でないんですね。



一生懸命生きてきたんですけれど、心で生きてるので、本当の自分の魂のレベルからの判断ではなく過去の体験から判断をしています。

ですから時に萎縮してしまったり、勇気を削がれてしまったりします。

自分で自覚がないんですけれども、そういうものがあなたの中に蓄積されている。

だからそういう曇りを全部取り除くために瞑想をしていただきたいんですね。

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仏教では「壁を見ている」ということで、壁には何も無いから殺風景ですが、その壁を見て、色々な思いが浮かんでも、また壁に戻る。

それが「今にいる」ということになるんだと思いますけれども。

新しい癖を身につけるには長い年月がかかります。

どこか遊びに行きたいとか、何か楽しいことをしたいとか、美味しいものを食べたいとか、色々な欲望がよぎるかもしれないけれども、「壁を見ている」あるいは「呼吸を見ている」「感覚に意識を向ける」とか。

そういう風にして今にいれるようになります。

お母さんのお腹の中の時は呼吸してなかったんですけれども、お腹から出て初めてこの世に誕生した時に呼吸を覚えたんですね。

それが最初の自分との対峙です。

一番基本的な、本当の自分に近いところの行為です。

心が何も体験してない、心が発達していない時、心よりも前にその行為をやっているわけです。

そこに繋がることで、心を超えたところに繋がる。

私たちは心にすごく繋がっているんですね。

「ああしよう」「こうしよう」って常にプランをしてるわけです。

そういう意味でも呼吸に繋がるっていうのはいいと思います。

また「痛い」「冷たい」「暑い」「怖い」とか、その単に感覚というのがあるわけです。

まだ色付けられてない感覚。

そういうところを見ていて、自分がその感覚を見た時に、「痒い」「痛い」とかそういうことが現れる。

それで「イライラする」とか色々なものがくっついてくるかもしれないけど、それを切り離すことで純粋なものと繋がるという。

色々瞑想法もいっぱいありますので、是非マスターについていただきたいと思います。

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【保存版】瞑想が初めてでも大丈夫。ヒマラヤ大聖者ヨグマタが教える基本の第一歩。【瞑想初心者必見】 | ヨグマタ 相川圭子|公式サイト


マスターとは「悟りのマスター」、シッダーマスターのことです

はじめに天に繋げてくれるディクシャを伝授してもらうことで、何年も壁をずっと見る訓練をしなくても、今回の私のようにすぐ恩恵を受けることができる。こういう不思議なことってあるんだ…と毎回毎回驚きますけども。



火傷は、水から出しても平気になったあとは1時間ほど扇風機を当てて過ごして
そして後日、痛みはなかったけど皮膚が剥がれて赤剥けになり見た目がすごいことになりました。
が、半年経ってもうすっかりキレイに治っています。

実は今、私生活でちょっと大変なんですけど、
いつも高いエネルギー(マスターの波動)が降ってきて守ってくれるのがわかります。
こないだは合宿中のように一日中ずっとエネルギーが降り注いでいました。
なぜエネルギーがわかるのかはこちら↓
◆過去記事;エネルギーがわかる体質
meisou.yokonote.com


ピンとくる方は、ぜひヨグマタ先生の道場に体験しに行ってみてください!
天と繋がる人生を歩む、こんなチャンスは今生では もうないと思うので。ぜひ✨
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